『夢は現に。』ひぐらしのなく頃に業/卒 本気で解答してみる 「祭囃し編~郷壊し編」
はじめに
こんにちは!月詠と申します。
ご覧いただきありがとうございます。
月詠🌸 (@higurashi_moon) | Twitter
今回は「祭囃し編~郷壊し編」を中心に解答してみました。
前回よりもかなり、ロジックやらギミックやらの内容になっています。
ここまでくると、さすがに一部は憶測じみたものでしか説明できなかったりと
かなり苦しめられましたが、やっぱり考えるのが楽しかったです笑
というわけで、今回もあーでもないこーでもないと悩みぬいた末の一本になっていると思います!!
ですが、記事の構成的に素直に時系列順とはいかず。。。
少し混乱させてしまうかもしれませんが、伝える努力はしましたので大丈夫だと思います;;
文量は前回と同等です。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです…!
アニメ監督が卒は大団円になるようなことをインタビューで仰っていたので、この記事の内容のほとんどは匂わせるだけで、作品内では明確に誰かが説明したりしないものだと思ってます。
そんなこと言っておいて事実と違うことを語っている可能性はおおいにあります!!
私個人の解答としてお楽しみいただければ幸いです。
この記事は、以下記事の内容を前提にお話ししていきます。
極力本記事だけでも伝わるように努力してはいますが、私の頭の中でどういう解釈になってるのか、より理解していただけるかなと思います。
ブログの引用はOKですが、リンクを貼っていただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします!
6/1 追記
雛見沢症候群の記事を書いた結果、沙都子が物理法則を乗り越えられないことがわかり、梨花の力と沙都子の力には明確に違いがあることが明らかになりました。
そのため解答に一貫性を持たせる意味で一部書き直しました。ですが全体を通しての結論は変わっていません。
結論とルール
早速ですが、前回の記事で言うところの、もう一つの真実についてのお話をしていきます。
以前から下記①の説があった事を知っていますし、何番煎じなのかわかりませんが
業を解いていてより有力になったのかなと。
あちらでは何だかバットエンド匂わせみたいに書いてしまいましたが、解いていく内にそんな悲観する必要もないのかなと思いました←
というわけで
先に、結論といくつかのルールをばばんと提示します。
①梨花は実際には昭和58年6月を超えられておらず、祭囃し編も、続く郷壊し編以降も『夢の世界(≒天国)』である。
②夢の中では物事の過程は変えられないが、夢の主が望む未来の結果は変えられる。(梨花=奇跡の力・沙都子=絶対の意思)
③沙都子はエウアの力によって梨花の夢の中で夢を見はじめた。(多重夢構造)
④夢の中であっても、登場人物の性格や意思、行動、勉強能力、運動能力は変えられない。
(???)となっても、まずはそういうことだと思ってこの記事を読んでいただきたいです。
まず①と②から参りましょう。
私は前回の「猫騙し編~卒」の記事で、羽入は梨花が頭の中に生み出した存在と言いました。
そしてその存在が、祭囃し編では現実世界に梨花以外に認識される実体として姿を現しました。
でもこれって、上記の通りならあり得ないことですよね?
鷹野さんの放つ弾丸の軌道を変えるという突然の超能力も、現実ならまず不可能だけれど夢だったら可能です。
私たちが夢で空を飛んだりするように。
ちなみに、原作「祭囃し編」のサブタイトルも『~最後くらい幸せな夢を~』でした。
祭囃し編は死の運命から逃れられなかった梨花を想い、羽入がみんなの想いを紡いで作った夢の世界なのです。
では、鷹野さんに殺されるという「結果」を一体何が変えさせたのか。
それこそが夢の主「梨花」が望んだ「昭和58年6月に殺される運命から抜け出したい」という未来を望む心なのです。
夢の主が望むならそれは絶対となる。これが奇跡の力・絶対の意思なのです。
以降は②の内容を梨花と沙都子それぞれ奇跡の力と絶対の意思に置き換えて表現します。(簡潔でわかりやすいので…)
そして、続く「郷壊し編」も夢であると、後の項で「郷壊し編」を振り返りながら解いていきます。
続いて③です。
「祭囃し編」が夢であるとすると、続く「郷壊し編」のルチーア生活までは、ひとまず梨花の頭の中で展開されている物語ということになります。
そして梨花の夢の中の沙都子が奇妙な音に吸い寄せられ、祭具殿の立像に触れたとき。死なずにカケラ世界へ移動し、エウアが現れ、大量のカケラに飲み込まれていくシーンが描かれました。
そして沙都子は祭囃し編の世界をもう一度体験し、また郷壊し編の世界に進んでいきます。
これも今考えれば何ともファンタジーな雰囲気で、ループの条件が「死」とされている以上、死なずしてループはあり得ないですよね?
エウアもまた、羽入と同じように沙都子の頭の中に姿を現しました。
ということは、エウアも羽入のように夢を見させることができるんじゃないか?と考えてみることにしました。
ちなみに、多重夢構造というのは「ひぐらしのなく頃に 業」郷壊し編 其の六、鉄平の悪夢から2度目覚めるシーンにて提示されています。
次の④は、この後②と③関連の説明と絡めますので、ここでこれ以上の説明は不要とし、まずは「郷壊し編 其の弐」から振り返ってみたいと思います。
と、その前に『夢』という漢字の意味について、ここに載せておきます。
この記事に限らず、本編でも多用されている言葉ですので再確認の意味でも。
ゆめ【夢】 の解説
1 睡眠中に、あたかも現実の経験であるかのように感じる一連の観念や心像。視覚像として現れることが多いが、聴覚・味覚・触覚・運動感覚を伴うこともある。「怖い夢を見る」「正 (まさ) 夢」
2 将来実現させたいと思っている事柄。「政治家になるのが夢だ」「少年のころの夢がかなう」
3 現実からはなれた空想や楽しい考え。「成功すれば億万長者も夢ではない」「夢多い少女」
4 心の迷い。「彼は母の死で夢からさめた」
5 はかないこと。たよりにならないこと。
1.奇跡の力・絶対の意思
まずは、恐らく見ている方のほとんどが違和感を感じたこちらのシーンから振り返ってみましょう。
ここで「ひぐらしのなく頃に業」では初めてといっても良いくらい、強めの奇跡の力を観測できます。
沙都子はこの時、まるで不合格だったような反応をしているのに、結果はなんと合格でした。
梨花が望んでいるのは彼女の発言の通り
「沙都子と一緒」に「ハイソサエティな学園生活を送ること」
そして思い出してください、祭囃し編から地続きのこの世界という夢の主は誰ですか?
そうです。梨花です。
主の夢が反映されて、「結果」が書き換えられているというシーンなのです。
夢だから、できてしまうんです。
しかし、この夢は沙都子の意思と勉強能力の低さから上手く実現されません。
梨花が沙都子に対して勉強を助けようと手を差し伸べても、沙都子が彼女自身の考えで振り払ったように。
それが前述した④のことで、自分自身以外の人間の性格や意思、行動、能力は夢の中であっても変えられないため、結果に至るまでの過程も変えられない。となるのです。
しかも、ルチーア学園は魅音・レナ・圭一が進んだ興宮の高校よりも求められる学力が高い学校です。上のシーンのセリフ通り沙都子は勉強は頑張ってもできない。大嫌いだ。と叫んでいますし、後述の通りあまり興味のないことに対しては記憶力が著しく低いためルチーア学園への合格というのはかなり不自然です。
2.沙都子の指パッチン
※綿明し編で指パッチン特殊能力説否定されたようです。笑
さて、エウアの力により梨花の100年を見て昭和58年に死に戻り、夢の主となった沙都子は「結果」を望むものに書き換えることができるようになりました。
私も最初は、この指パッチンのたびにポーチの中の爆弾が作動してループ開始地点からやり直していたのかと思ったのですが、それはあまりにも非効率的でちょっと無理やりだよなぁと…。
あまりそれを繰り返すと、その爆発に巻き込まれた人が記憶を累積させて沙都子を怪しいと思い始めるかもしれないですし。
それに、せっかくエウアさんに「同じ梨花を追うことができる力」を授けてもらったのにも関わらず、自分だけ先に死んだら、屈服させたいと言っているのにリセットされて意味がないよねと。
というわけで、沙都子が意図的に結果を書き換えたと思われるシーンを並べてみます。
まずは「郷壊し編 其の伍」より、興宮のダビンチにて神経衰弱をしたシーンです。
この沙都子の神経衰弱は、誰かのハズレの声が途切れた後、再度自身の同じセリフを沙都子が発していることから、カードを捲るという過程を経て、ハズレなら"カードが表になった"という結果を書き換えたと説明できます。書き換えると再度トランプは裏になるため、時間が巻き戻ったように見えるのです。
アタリなら問題はないのでそのまま次へ進みます。
ここに補足をしていきますと、元々沙都子は記憶力が著しく低かったはずなんですよ。
「郷壊し編 其の壱」、沙都子が中学生となって初めての部活シーンの神経衰弱にて
新しい部長の圭一によりトランプは新品に替えられ、誰でも公平に戦えるようになってしまいます。
結果、沙都子が最下位。
そしてこれに加えて、トランプが52枚の決まったカード群というのが少々やっかいで…
裏返しにされたカードがきっちり52種類のものであるならば、捲った1枚のカードの数字を書き換えるということをしてしまうと、その場にある他のカードと被ってしまうというバグが発生してしまうのです。
また、この興宮での神経衰弱を一発クリアした時に言っていたセリフから、トラップは使用していないことがわかります。
(※綿騙し編でのトランプの重複は、作画ミスとしてBD2巻にて修正されています。パッショーネ様ありがとうございます。)
梨花にはトラップが扱う描写がないためできないとすると、梨花と沙都子がこの夢の世界で共通して使える能力といえば「結果」を書き換えること。となるのです。
7/9 追記
カケラによってトランプの配置は変わることがきちんと描写されており、配置が変わっても沙都子はそのカケラ内でワンターンキルができるということです。
ここまで来たら「郷壊し編 其の七」診療所での指パッチンも見てみましょう。
このように、鷹野さんがまだ近くにいるにもかかわらず、大きな音を立ててドアを開け侵入し、誰にも気づかれずに外に出られるというガバガバセキュリティなのは不思議ですが…電子ロックは無心で頑張れば開けられるようです。
じゃあ、悟史くんのところへも行けるのか?と思いますが、この仕様であるなら不可能となります。
そのため、あくまで↓のシーンは沙都子の心象としても問題無いと思います。
ここって梨花の100年のカケラを視聴者視点で見てるタイミングですし、覚悟を決めた沙都子の背面には悟史がいなくなっているという現象も、さすがに絶対の意思パワーでは説明できないです。
入江先生の手首から先だけ持ってきてる描写もないですしそんなの見たくないです()
「番犬が開けた時と鷹野さんが開けた時のケースのパスワードが違う理由は?」
パスワード相違の答えは…
故高野一二三先生と鷹野三四の関係性がバレてしまうのを避けるために変更した。
そもそも「高野」ではなく「鷹野」と改名したのは両者の関係性がバレてしまうと資金援助が受けられなくなることを危惧してのことでした。
沙都子の検査は6月5日(日)で、祭囃し編では6月17日(金)に初めて鷹野さんがおじいちゃんのことを入江先生に話します。なので彼は日付的にも鷹野さんとそのおじいちゃんの事を知らなくて問題ないです。
手紙を読んだことで改心した影響でおじいちゃんを大切に思う気持ちが強くなり、
いずれ入江診療所に番犬の査察が入ることはわかっていたことなので、何か適当な別の暗証番号に変更してから診療所を去り、後に番犬に伝えたのでしょう。
補足ですが、鷹野さんの証言を聞いて番犬がメモを取った感じでしたので、やはり鷹野さん以外はこのケースを開けられない=鷹野さんにしか暗証番号の変更権がない。と考えました。
「で、死ぬ直前の指パッチンis何??????????????????」
演出です🙃
うーん、苦しいけどそうとしかもう思えなかったです。
結局梨花が指パッチンなしで結果を変えている以上、指パッチンの動作でさえも必要なものでは無かったので。。
指パッチンは必要条件ではないって表現でいいのかな。
………あまり深く考えないことにしました。
(※ちなみに後から気づいたのですが、うみねこのなく頃にではフェザリーヌが指パッチンするシーンがあり、それは彼女が「ラムダデルタは死ぬ」という物語をその場で記し、指を鳴らすと同時にその物語が世界に反映される。という描写です。竜騎士先生発言のひぐらし・うみねこの世界観の一部共有を考慮すると、この沙都子の指パッチンも彼女のそれと同じような効果をもたらすのではないかという繋がりを感じられます。)
2-1. 5/27 追記 死ぬ直前の指パッチンについて
「猫〜卒」の記事への追記に合わせ、こちら側で諦めてしまっていた上記の「死ぬ直前の指パッチン」について、自分の解答が出たので書き込んでいきます。
結果として、この指パッチンについては夢の世界を暗示していたのだと思います。
梨花と沙都子の指パッチンシーンを振り返ってみましょう。
まず、沙都子がこれを行ったのは、「郷壊し編 其の伍」トラックとの衝突から始まる、一連の自殺シーンです。
どれも、背景が現実世界のものではないのが共通点です。
また、②③④は全て真っ暗闇の中で誰かが指を鳴らしています。
④を見る限り、袖が無いのでエウアさんではなさそうです。
そして紫がかったエフェクトも見えますね。
ということは、この手は直前の描写から流れをそのままに、沙都子の手という認識で良いと思います。
(※郷壊し編のBlu-rayの絵コンテにて、沙都子の指だとコメントされていました。)
加えて、「猫騙し編~卒」の記事に追記したように、この一連のシーンと深い関係があるとして「猫騙し編」の赤坂~圭一の惨劇ラッシュを挙げました。
その猫騙し編では、「郷壊し編」と「猫騙し編」で対比するように、背景がハッキリとしていて、その世界で実際に生きる梨花が死ぬ直前に指パッチンをしているのです。
この2つは他にも
「これから複数世界で生きていく沙都子」と「これから単一世界に生きていく梨花」という両者の対比とも読み取ることができます。
(梨花について私は既に、「猫騙し編 其の四」の世界以降、羽入が消えたことによって梨花は繰り返す者としての力を失い、例え死んでも一切記憶を引き継がずに次の世界で目覚めると考えているため、違和感なくこのような解釈になります。)
もっと簡単に言うと
「沙都子の夢の始まり」と「梨花の夢の終わり」を意味します。
3.夢と夢のぶつかり合い
続いて、祭囃し編以降を『夢の世界』とした時の世界構造について改めて図にしてみます。
この図でいう夢の中という場所、似たような世界が他編にも存在しました。
「賽殺し編」です。
賽殺し編は、作中で明確に「僕の見せた夢」だと羽入が語っているお話です。
そして、 賽殺し編とひぐらし業では共通して、上掛け水車の回る方向が、ひぐらし解までの水車と比べて反転しています。
結局圭一がかくれんぼの時に探しに行ったくらいで、何の事件にも関わってこなかったこの水車が意味するところはやはり…
という暗示なのではないでしょうか。
オヤシロさま像の反転は前回の記事の鬼狩柳桜の項目で説明したように
諸悪の根源とする原始のオヤシロさま像と、慈愛の神格化である現代のオヤシロさま像との矛盾を表していましたが、
そこに腕が壊れていない事の説明を加えるとするならば、欠損していない完全な角を持つ現代のオヤシロさま像である慈愛の神を表現した。という捉え方もできると思います。
まさにエウアのことです。
賽殺し編も参考にすると、また一つ解ける謎があります。
それは「祭囃し編 1回目」から続く郷壊し編の高校2年生の梨花がその後どうなったか。
賽殺し編では、「罪の無い世界」ではなく、自分が望む「元の世界」を選ぶことによってその夢から覚めました。
「祭囃し編1回目~郷壊し編」は梨花の「みんなで昭和58年の6月を越えること」に加えて、「沙都子と一緒」に「ハイソサエティな学園生活を送ること」という2つの望みから成立している夢の世界です。
しかし、沙都子がエウアと出会い、梨花の夢の世界から旅立ってしまうことでその望みは壊れてしまいました。
するとどうなるか。
梨花が沙都子と一緒にいられる世界を望み続ける限り、沙都子のいないその夢は覚め、現実世界である皆殺し編終了直後まで一旦梨花の魂は戻されます。
もちろん、羽入は頭の中から消えてしまって梨花との間に繋がりがなく、記憶に関与できない状態であるため、その夢の記憶は梨花には残りません。
そしてそれとほぼ同時に、エウアは沙都子の望みを聞き入れて、沙都子を「祭囃し編 2回目」の世界に送ります。
しかし、この時「祭囃し編 1回目~郷壊し編」のカケラって生成されていないんです。
だからエウアがどうやって沙都子をやり直させたかというと
カケラ紡ぎです。
完全な角の力による、完璧なカケラ紡ぎ。
その力は、繰り返す者の記憶の欠損など一切起こさないものでした。
4.梨花と沙都子の記憶の保持状況
さて、ここで記憶の保持状況について整理してみましょう。
以下にまとめたものは、「猫騙し編 其の四」の梨花が沙都子に銃を向けられた時点での記憶を整理したものです。
※梨花はまだ死んでません。
◆沙都子の記憶保持状況
◆梨花の記憶保持状況
★カケラに対しての扱い・エウアと羽入について
まず、エウアのカケラに対する扱いにはざっと2種類あり…
①読む…既存のカケラを視聴者視点で見ることができる。(例:平成ひぐらしの記憶など)
②生成する…繰り返す者がカケラの中の世界で死んだとき、その一連の記憶を新たなカケラとし生み出す。
ここまできて改めておかしいと思ったのが、そもそもエウアが何故平成ひぐらしの視聴者視点のカケラを所持していたかなんですよね…。
今までの考えを総動員して突き詰めていくと、これはやはり「角」の違いによるものだと思いました。
エウアは「我が角は完全である。」と、まるで角が記憶を保存する装置のような発言をします。
5/27追記
ここについても新しい記事で説明できました。
これは羽入についてのお話で、推測多めなのですが…
羽入は生まれた瞬間から梨花の傍にいたと作中ではされています。
ですが、実際人間という生き物は自分が生まれた瞬間のことなんて覚えていられません。
「カケラ紡ぎ 鬼狩柳桜」の文章から読み取れるように、オヤシロさま信仰の変化の歴史や、歴代古手家頭首の一人が古文書の余白に文章を書き加えたりなんてしている以上、梨花も同様に何か設定を追加したり独自解釈している可能性は大いにあると考えられます。
梨花本人が現時点で古文書に対する知識を所有しておらず、羽入だけが知っているという点からも、ずっと幼い頃(5歳前後とか)に一度、梨花は古文書の内容を母に教えてもらったが本人は忘れてしまっており、後に頭の中に生み出された羽入だけがその記憶を持っている状態なのではないか。
実際に羽入というオヤシロさま(神)は梨花が生まれる前から雛見沢に存在はしていた。
幼少期の梨花が、神代の昔に鬼は鬼狩柳桜で討たれたという話を聞き、角を傷つけられているという姿を想像。
そのイメージが、羽入を実際に知覚できる形で生み出す際に反映されたのではないでしょうか。
そんな2人の記憶能力の範囲についてまとめたものが以下です。
◆梨花本人
人間の一般的な記憶保持能力。
通常、羽入が存在していることを認識している状態で死ぬと、体験したカケラの記憶を持ち越せる。
(ただし基本的に死ぬ直前の数時間は忘れる。)
◆羽入
梨花が見て、体験したことすべてを記憶。
(ただし梨花本人が記憶することを拒否した出来事&時間経過などによって忘れてしまった記憶を渡すことは不可。内容を言葉で伝えるのは可能。)
また、この古文書を読めるのは現在古手家頭首である梨花しか存在しないため、沙都子が生み出すオヤシロさま像は歪められることはなく、角が欠けているなんてイメージも持っていない。
だからエウアの角は完全であり、羽入より一段上の、言葉通り神の視点でこの雛見沢の記憶を持っていると考えられる。
比較しやすいように今一度まとめると…
◆羽入=原始のオヤシロさま(神)
梨花が、自身が虐待されることに対してオヤシロさまのせいだと他者に罪を求める心が頭の中に生み出した神様。鬼とも言える。
梨花が古手家の古文書の内容を知った影響+独自解釈によって、記憶装置である角が傷ついている設定になってしまった。
羽入が覚えているということは、梨花も過去にその情報を見たり聞いたり体験したということ。
記憶媒体として不完全。
◆エウア=現代のオヤシロさま(神)
沙都子が、自身の梨花に対する慈愛の心から生み出した神様。
沙都子は古手の人間ではないため古文書の内容を知らず、角に対して特に設定はない。純粋な姿で顕現。
記憶媒体として完全。
★「鬼騙し編 其の弐」冒頭の梨花はどこから来た?
すごーーーーく悩まされたのですが……結論はシャンデリア百合心中した梨花です。
(「郷壊し編 其の四」ラストシーン)
沙都子も梨花もそもそもループ条件は「死」であるため、沙都子が繰り返す者となってから鬼騙し編前までで唯一死んだシャンデリア梨花が選ばれます。
水車小屋付近での夫婦喧嘩は、沙都子だけが死んだのか梨花も死んだのか、スロー再生しても2人同時に頭から真っ逆さまに落ちていて非常に判断に困るところなのですが、鬼騙し編に降り立った梨花はルチーアの制服を着ていたという事実があるため、用水路に落ちた梨花は死んでいないと考えられます。
溺れている描写がないので、沙都子だけがわざと頭を強く打ったのでしょう。我々の世界にも実在する事故ですね。
用水路に落ちて死んだ後の世界でルチーアに行ったのかもしれない…というのも厳しいと思います。
これだけ裏切られ続けてもなお、我慢して勉強してルチーアに行くとは到底思えないです。。
シャンデリア心中の時点ではまだ、エウアさんから「記憶を引き継がせた一人の梨花を条件付きで追いかけられる能力」を授かっていません。
なので、シャンデリアで死んだ梨花は、その後のトラック→包丁→ペン→水車各シーンの梨花とは同一個体ではあるが、記憶を一切引き継いでいません。
郷壊し編の中学生~高校生の時点では羽入の存在を梨花が感知できていないので、死に戻りできる保証もありません。そんな状態では自殺を選ぶことはかなり難しいと思います。
ですが、実際にはシャンデリア梨花がその死の直前に沙都子に罪を求める愚を犯し、それが梨花と羽入を再び引き合わせるトリガーとなっていました。
その後羽入は「猫騙し編 其の壱」で
「もう、気づいているはずです。今の雛見沢が5年前とは違うことに。」という明確な数字も出しちゃうくらい自信満々に語っています。
あれあれ???
ということは…彼女は「郷壊し編 其の参」のエンジェルモートへ向かった高校2年生の梨花を知っていますね?
知っているということはつまり、誰の様子がおかしかった等の情報を全て知っている上で、あえて梨花にそれを教えなかったということです。
郷壊し編の中学~高校までで明確に死んだ梨花は1人しかおらず、シャンデリア梨花も直前のカレンダーの描写や、時の流れの描写から高校1年生であることが分かっています。
そして梨花自身も「鬼騙し編 其の弐」の冒頭時点で、羽入と祭囃し編クリア以降初めての再会だと言っています。
もう会うことは無いと思っていたというセリフからも、やはり祭囃し編クリア後~高校2年生の間は一度も存在を認識していなかったということになります。
巻き戻ってこのカケラ世界に来る時まで、頭の中に羽入がいなかった影響で記憶を読み込めず。更には、彼女が意図して事実を梨花に伝えなかった。
梨花のルチーア回想に他の誰も登場しなかったのは、系統的健忘で説明ができそうです。
一度も体験したことのない沙都子の自分に対する敵意と「死」に精神的ショックを受け、「受け入れたくない!」と記憶することを拒否した結果だと思います。
特定の人物または自分の家族に関する全ての情報など,特定のカテゴリーの情報を忘れる。
ついでに言うと、「5年前」とはっきりとした数字を出されたのに、高校1年生の梨花が何も疑問に思わなかったのは、そもそも覚えていないからです。
私たちが親に「あなたが3歳の時に買って着せていた服よ。」と見せられても、服のことは覚えているかもしれませんが、何歳であったかなんてまず忘れているので「3歳の時だったのか~~」と納得してしまうのと一緒です。
★皆殺し編の記憶について
ここはかなり悩まされましたが、猫騙し編まで進んだこの梨花は「皆殺し編」の記憶を完全な状態で持っています。
平成ひぐらしの「祭囃し編」では、「皆殺し編」での梨花が殺されるまでの記憶を羽入だけが持っていました。
梨花は皆殺し編の最後の言葉通り、自身の死と逃げずに向き合うことで記憶を刻み付けた。
ただ、実際には記憶の累積の部類で記憶され、羽入が鷹野を見ることによるフラッシュバックで思い出された様子でした。
梨花が覚えてはいなくとも、実際にあの世界で鷹野に殺され、皆殺し編のカケラは生成されています。
梨花が実際に体験したからこそ、羽入はあの場で思い出すことができました。
当時の梨花が皆殺し編の記憶を一切覚えていなかったのは、力が弱まっている状態、欠けた角の羽入がカケラ紡ぎをしたから。
17話冒頭の皆殺し編のような映像は、話の流れ的にも鷹野さんの記憶のフラッシュバックの内容だと思います。
梨花は平成ひぐらしの皆殺し編しか記憶していませんが、鷹野さんは沙都子が準備期間として何度も死に戻りをする間にも記憶を累積させ続けています。その時に通ってきたカケラの記憶なのでしょう。
フラッシュバックによる焦りからなのか、銃でさっさと殺してしまう鷹野さん。
鉄平もそうですが、フラッシュバックの内容に平成ひぐらしでは見られなかったものも混じっているので、個人的にはそういう事で落ち着いてます。
「猫騙し編 其の弐」では、圭一と大石が仲良くしている事に驚くという、まるで「皆殺し編」の記憶が無いような反応をしますが、私は前回の記事での通り赤坂に殺されるカケラは羽入の残り香も消えた後のループであるという理由で、死に際の映像以外をあまり信用していません。 ちょうど除外できます。
★祭囃し編の記憶について
既に少しずつお話している通り、記憶ほぼ無しです。
ちなみに梨花がほんの少しだけ持っているような記憶は、あくまでエウアのカケラ紡ぎによって再演された「祭囃し編 2回目」の記憶です。
ルチーア学園にて、繰り返す者となった沙都子と一緒に死亡したためにカケラが生成され、記憶の蓄積が梨花の別の世界での記憶を誘発させているから、祭囃し編の記憶を全て持っているように見えているだけです。
フラッシュバックは「寝ている間」もしくは「別のカケラでの言動と重なった瞬間」に起きていることが多いと作品中から読み取れるのですが、
カケラ世界で羽入と話している時は「寝ている間」、沙都子に綿流しされている時は「皆殺し編で起きたまま鷹野に腹を裂かれる瞬間」と重なり、フラッシュバックが起きる条件としては十分です。後者は内容的にも走馬灯の方がしっくりきますが…
「郷壊し編 其の壱」の時点での「祭囃し編 1回目」の映像は、梨花が実際にそのあとの時間を生きている段階であるため、鮮明に映っていて問題はありません。
「鬼騙し編 其の弐」の梨花が目を覚ました時点で自分の体が成長しているという事実があるので、昭和58年を乗り越えたということだけは記憶がほぼ無くとも自覚できる。
羽入とはもう会えないと思っていたことから、羽入が消えたという事実だけは知っています。
ちなみに沙都子も「祭囃し編~郷壊し編 1回目」は「祭囃し編 2回目」クリアの瞬間まで、自身で『夢』だと決めつけているので物語を歪ませるような行動は取らないでしょう。
というわけで、誰も余計な感情を持って行動したりせず、梨花本人もなんの疑問も持たないため綺麗に同じ結末を辿ります。
そんな2回目の祭囃し編に羽入が実在しているのは、梨花の記憶を参照しているからというのと、鷹野という「敵」がこの段階では存在していて、梨花自身が昭和58年を抜けられないのは彼女の『せい』と認識しているから。
それと、祭囃し編における6月10日の朝は羽入が分校に転校してくる日なので、まだ沙都子は知らない段階です。よって羽入が2人の家にいなくてもおかしくはないです。
ちなみに部活メンバーには祭囃し編2回目の記憶がきちんと累積されています。
その例が以下です。
圭一のセリフは平成ひぐらしとあまり変化がないように見えますが
「みんなが元通りに楽しく暮らす世界」→「みんなと幸せだった元の世界」と
「幸せ」という言葉に変化したことに加えて、「元」という言葉の修飾先が変化しています。
そもそも、羽入がいない事実+祭囃し編の記憶持ちであるならば
祭囃し編のように積極的に大人に相談して、仲間にも相談していけば
最後羽入を探しに行ってピンチになることもなくクリアになるはずなのに、それをしないのは何故なのかという疑問にぶつかります。
スタートがどのルートであっても、すぐ仲間に事件をマンガに例えるなりして、積極的に協力を求めるのでは?
でもそれをしない。そもそもマンガに例えるという提案も羽入がしたもの。祭囃し編の過程を覚えていないならそれも思いつくことはなく。羽入は梨花の勇気を後押しする役も担っていました。
皆殺し編までの記憶しかないため、犯人はわかっていても、どうすれば勝てたのかがわからない。
確信もないし背中を押してくれる羽入もいないから、最初から積極的に動けないのです。
「富竹がまだ生きているのは珍しいけれど…」という綿騙し編での梨花のセリフも、富竹が唯一殺されなかった「祭囃し編」の記憶を持っていないことの裏付けになる。
仮に記憶を持っていたとしたら「私が富竹に真剣に話をして初めて、彼は信じてくれて身を隠すはずなのに、何故生きている?」という方向に考えるのではないでしょうか。
100年繰り返しても、祭囃し編でしか生き残れなかった彼が生きているのが、ただ珍しいで済むはずないんです。
★郷壊し編の記憶について
ここももちろん、記憶ほぼ無しです。
ルチーア学園を背景に一人でうふふあははするシーンと、沙都子にルチーア行こうって誘うシーンくらいしか記憶が累積されていないようです。
→
★猫騙し編の記憶について
死亡直前の記憶のみを保持していることについては、前回の記事で説明しました。
恐らくこの後沙都子に銃で殺されます。(直接描写はされないと思っています…。)
記憶する力が無くなってしまっていると考えているので、沙都子からの大切な言葉の数々も、銃で撃たれたという事実さえも忘れてしまうでしょう。
卒でこの続きが描写されるとすれば、また別の世界で死亡した瞬間にシーンが切り替わり、梨花は何事もなかったかのように2人の家の布団で目覚めるでしょう。
おわりに
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
今回は文章の構成がとんでもなく難しくて、伝えたいことが伝わったかどうか不安です;;
結局こういうのって自己満足でしかないんですけど、それでも私の解答がこれを読んでくださった皆さんにとって、どういった形であっても役に立っていたりしたら嬉しいです。
賽殺し編と同じような、誰かの望みが生み出した世界と言いました。
しかし、今回はこの夢から覚めることがゴールではないと、私は思います。
みんなが本当の幸せを手に入れるには、梨花と沙都子が夢を分かち合った後に、2人が再び同じ夢を望み、そしてその夢を現実と受け入れる必要があると思うからです。
2人が見つけた幸せに、2人で手を伸ばす必要があると思うからです。
罪に抗い、罪を受け入れ、罪を赦し合った後に広がるこの夢の続きを受け入れなければ、またいつか惨劇の渦に飲み込まれてしまうでしょう。
沙都子は、幸せな夢が覚めてほしいなんて思わないですよね。
梨花と一緒にいたいがために繰り返す者になったのですから。
梨花と一緒にいられない生活なんて、もう御免なわけです。
じゃあ、梨花は…?
2人がずっと一緒にいられる未来って、いったいどんな未来なんでしょうか。
またまた続き書きました!👇👇
羽入を中心に一部再考したり広げてみたりしてます!
『夢は現に。』ひぐらしのなく頃に業/卒 本気で解答してみる 「祭囃し編~郷壊し編」
~完~