『ひぐらしのなく頃に業/卒』卒へ向けての解答総括と一問一答
はじめに
この記事はこれまでの総括と、他記事に書ききれなかった事を一問一答で書いていきます。
内容はすべて私の記事の内容に基づくものになっていますので、ご注意ください。
①ハッピーエンドへの土台と鬼狩柳桜について
②奇跡と絶対が織り成す"夢"の世界
③羽入の動機について
④アレルギー反応と雛見沢症候群・H173の関係
性
ひぐらしに挑みたい自分用のメモみたいなところもあるので
時系列とか気にせずカジュアルに作っていきました。
総括
古手梨花は実際には昭和58年を超えられておらず、祭囃し編以降は全て夢(≒天国)の世界。
夢の主である梨花が望めばそれは「奇跡」となって描かれる。
古手梨花とは違って、カケラ世界で独り取り残されたフレデリカ・ベルンカステルは自身も幸せになりたいと望む。
祭囃し編のカケラを壊し、雛見沢という小さな世界から外へ抜け出す為の都合のいい奇跡を再度作り出していく。
精神をすり減らした古手梨花と主人格を交代し、自身の夢を優先するあまり沙都子の想いを汲み取れず不幸にしてしまう。
■古手梨花
元々は普通の人間だったが、昭和58年6月という鳥籠に捕らえられることによって解離性健忘を繰り返し、徐々に精神をすり減らした。やがて慈愛の心を失ったフレデリカ人格が生まれ、祭囃し編のカケラを壊し舞台に上がって沙都子を不幸にしてしまったが、彼女(猫)は沙都子&エウアの繰り返しによって9回殺され、本来の古手梨花を取り戻した。
■羽入
梨花が祭具殿にて初めてオヤシロさまのせいにしたことによって生まれた、古手梨花のイマジナリーフレンド。
梨花と羽入、2人で原始のオヤシロさま教義を表現している。
伝承で言うと1000年前に鬼狩柳桜で古手桜花に切られた後の姿。故に鬼神として不完全実際に1000年前に存在していたのではなく、あくまでも古手家の禁書を読んだ梨花によってそのままの設定が反映されているだけ。
梨花がもう繰り返すことの無い、唯一の世界に生きるという人間らしい人生を歩めるようにと、自らの意思で梨花の元から去った。それが猫騙し編 其の壱。
■沙都子
梨花と同じく元々は普通の人間だったが、フレデリカ人格によって壊されたカケラの中の世界で、梨花と理想の日々を送ることができなかった。しかし、あくまでも自身の選択を悔いる強さを見せ、「やり直させて…!」と願った。
沙都子と羽入の自身の選択による後悔と「やり直したい」という願いが共鳴し、カケラ世界にてエウアと出会う。
しかし、繰り返す者として世界を巡る度に精神をすり減らし、ついには梨花に罪を求めてしまい、幸せすらも疑ってしまった。
■エウア
完全な鬼神
古手家の禁書の内容に則り、鬼狩柳桜(慈愛の心)の封印が解けた影響で、大人しかった鬼神(羽入)の角の傷が治り、その力を取り戻した。
つまりは完全な角を持つ完全な鬼神として復活を果たした。「其方が触れて初めてこのカケラに降り立てた」と話すのは、1000年前に本当にエウア(古手桜花が倒したとされる完全な鬼神の実体)が存在したわけではないから。
彼女は鬼狩柳桜(慈愛の心)を失った古手梨花のフレデリカ人格に対応していた。
『古手桜花の心を探れ』の記事では、エウアを現代のオヤシロさまとだけ記したが、
オヤシロさま本体はあくまでも梨花であって、実際は羽入ではないしエウアでもない。
しかし、鬼狩柳桜を受け入れた羽入も、その羽入を内包するエウアも現代のオヤシロさまの側面を持っていると言える。(鬼狩柳桜を心に禁じてる状態であるということ)
両者とも、鬼神とオヤシロさまとの二面性を持ち合わせた神様。
■鬼〜猫の惨劇の違い
全ての惨劇は自然発症だが、祟騙し編(大石)以降は全て祟り神であるエウアによって引き起こされている。
H173は郷壊し編 其の七の予防薬投与タイミングのシーンにて、鷹野がH173を取りに行こうとして思いとどめたことから2回打たなければ発症しない事が証明されている。
また、雛見沢症候群がアレルギー反応に似ていること、鷹野さんのスクラップ帳にアレルギー反応についての記述が詳細に記載されていることから、ここから着想を得たのがH173と考えられ、実際に薬物アレルギー(偽アレルギー)反応というものが存在する所からもH173投与1回目で対象者に薬の抗体を作らせ、2回目にしてアレルギー反応(アナフィラキシーショック)を起こすという仕組みになっていると読み取れる。
よって、本来の雛見沢症候群の発症レベルとは無関係に、H173を2回投与することで対象者を擬似L5に至らせることができる。
逆に言えば、アンプル1本では擬似L5発症は絶対に起こらないということになる。
フレデリカが沙都子に対する愛を思い出すまでエウアは祟り続ける。
エウアもフレデリカも関与しなければ、 以降は惨劇の起きない完全な世界。
閉ざされた世界に興味のないフレデリカには終わった世界なんてどうでもいい。
鬼騙し編も綿騙し編も死亡原因は自殺。
■鬼狩柳桜の使い方
とにかく沙都子を慈しみ、愛すること。
身体を傷つけるための剣ではない。殺すのは心の鬼。イメージはプリキュアの浄化技。
梨花が与える愛によって沙都子の心の鬼を治めることで、エウアはシュークリームをお供え物として欠かさないようにと言い残してカケラ世界より旅立つ。
繰り返す者を"殺す"ことができる剣。
■卒のラストシーン
梨花と沙都子は"一緒にいてもいい証"としての誓いのキスをして終了。
収録終わったキャスト陣軒並み信じてくれないEND☺️
他に考えられるのは、昔、祭具殿の禁を犯した罪を沙都子が梨花に打ち明けること。
沙都子の「原罪」を梨花が赦す形。そしてそれは同時に羽入も赦されることに繋がる。オヤシロさまのせいではなかったから。
ひぐらしのなく頃に業/卒 ひたすら一問一答
→現実世界において、記憶を留めようとする=死を受けいれる という意味になるから。
沙都子を失うという精神的ダメージ、受け入れたくないという心から記憶を吹き飛ばす。
→梨花は奇跡を起こす力。銃弾を取り除く等、物理法則(世界のルール)を乗り越えることができる。沙都子は絶対の力。物理法則は無視できないが、結果を意図的に書き換えられる。平成ひぐらしのカケラの世界が元々梨花によって構築されたものだからこのような差ができている気がする。
梨花は物語を0から構築しルールを作っていったが、そこに入り込んでいるだけの沙都子にはそこを覆すことはできない。しかし、自身の意思のある言動によって結果は変えることができる。
■「猫騙し編 其の弐・其の参」大石〜沙都子の動機の共通点
→梨花から原始のオヤシロさま(羽入&フレデリカ人格)を追い出す。この2つはエウアの目的でもあるので、祟騙し編でのエウアの干渉とも繋がる。
■「綿騙し編 其の参」鷹野さんの仮説について
→鷹野さんはゲーム版をプレイしてみても不出のはずである古手家の禁書のことを知っているようなので、仮説が云々はそのまま鬼狩柳桜のことを指していると思われる。千年の歴史の中で誰もその存在を確認したことがない。という記述に関して御神体の中を見て現実になったということ。
■「祟騙し編 其の伍」いつも圭一は数日後には起き上がっていたのに秋まで起きないのは不自然
→有り得ない事、非現実であることの示唆。カレンダーは出ていないが紅葉の状態からハロウィンだと思われる。(すべての亡くなった者たちが、この日によみがえると信じられてきた日)
→マンガ版でカレンダーが9月と表示された。ハロウィンだったら面白かったかもと思ったけれど、ただ単に頭の記述通りでしかなかった。
■女王感染者について
→梨花も沙都子もそれぞれ女王感染者(≒巫女)であり、「猫騙し編 其の参」の綿流し以降は特に、梨花は現代のオヤシロさま、沙都子は原始のオヤシロさまと明確に分かれてしまっている。治める梨花と惑わす沙都子。鬼~祟騙しではそういった真逆の動きをしていると思われる。
「猫騙し編 其の四」以降、梨花は現代のオヤシロさまとして沙都子に慈愛の心で接し続けていくが、沙都子はその言動に疑心を抱いてしまう。
■21話のOPで熊のぬいぐるみがびっくり箱に変化したのは?
→カケラの中の物語が猫箱に閉じ込められてしまっている状態に変化した。という暗示。真実が2つ存在しており、エウアの右手と左手によって箱の中の猫が「生きているか(フレデリカ)」「死んでいるか(古手梨花)」が確定される。
■エウアもイマジナリーフレンド
→彼女も羽入とほぼ同一の存在というのは今までの記事で示してきた。
何故肯定的な性格をしているのかという謎は、以下の記事から読み取れる通り。
羽入も元々は肯定的な性格だったが、繰り返すたびに否定的になっていった…はず。
解離性同一性障害が、本人の意識をのっとる別人格なのに対し、イマジナリーフレンドは、本人と会話し、コミュニケーションできる別人格であり、DIDに比べて「補い手」「理解者」「助け手」といったポジティブな役割を果たすことが多いようです。
だからエヴァに近しい名前を持ち、母のような年齢感の姿をしていると考えられる。
■エウアが人を発症させられる理屈は?
→賽殺し編での羽入の能力「巫女の精神を安定させる力」の反対バージョン且つ上位互換というイメージが現時点での仮説。まだ考えたいところ。
■PV第2弾「また会えますわよ…梨花。」について
→マンガ版鬼隠し編・アニメ版厄醒し編のワンシーンとゲーム版のシーンと重なる。
■エウアの「かんしょう」について
→"鑑賞"の意味のほかにも意味を持たせて使っていそう。
候補としては「鑑賞、干渉、完勝」この辺りが可能性としては高そうである。
■卒のタイトルロゴの色について
→雛見沢症候群の記事で示した通り、赤青緑の三原色(三大神経伝達物質)が全て含まれており、調和がとれた状態。
■鬼狩柳桜の”柳”について
→意味を調べてみるとすごーくそれっぽいです。桜花さま…泣かないで…。
■何故梨花だけ中学生以降6月でも長袖を着用しているのか
→本性・本音を隠している事の暗示。
■鬼狩柳桜は何故カケラになってしまったのか
→沙都子の慈愛の心が失われかけているから。精神の限界を迎えようとしている暗示。